「老子に学ぶ」シリーズ
「老子」を読みながら、そこで学んだ事や感じた事について書いてます。
今回は 第75章です。
※本記事は「老子の解説」ではありません。あくまでも僕が読んで感じた主観的な「思うこと」を書きます。身勝手で主観的で間違った解釈が含まれている事も、当然あります。
そんな部分は、是非とも温かい目で「スルー」して頂ければ、助かります。※
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さて、どんな事が書いてあるのでしょうか…
民の飢うるは、
其の上の税を食むことの多きを以て、
是を以て飢う。
民の治まらざるは、
其の上の為す有るを以て、
是を以て治まらず。
民の死を軽んずるは、
其の上の生を求むることの厚きを以て、
是を以て死を軽んず。
夫れ唯だ生を以て為すこと無き者は、
是れ生を貴ぶに賢れり。
老子 第75章
これは、
まあまあ判りやすいヤツですかね。。。
こんな意味かな…
人々が飢えるのは、
王が重く税金をとるからだよ。
だから、彼らは飢え苦しむんだ。
人々が治まらないのは、
王が生活に干渉するからだよ、
だから、治めにくいんだ。
人々が自分の生命を軽く捨てるのは、
王が「生」を追求し過ぎてるからだよ、
だから、人々は自分の生命を軽く扱うんだ。
生きる事に執着しないヒトこそが、
生命を大切にする方法を知るんだね。
つまり
今回、僕はこの章で…
生への執着は
逆効果だよ
…と言いたいんだろうな、
と感じました。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。